クジャクヤシ ― 2011/08/01 23:20
二匹のかえる ― 2011/08/03 10:40
聖ヴィート大聖堂のステンドグラス ― 2011/08/04 23:54
アマヤリーフの夕暮れ ― 2011/08/11 05:34
草軽電鉄北軽沢駅舎 ― 2011/08/17 22:22
私が小学生時代まで軽井沢から草津まで電車でつなれていた。今でも記憶にトロッコ電車が林をぬけて走っている情景が残っている。草軽との名前はその始点終点の地名に起因するものと思われる。北軽井沢はそのほぼ中間に位置する高原である。屋根の形が善光寺をモデルにした北軽井沢の駅舎が廃線になった今でも残っている。
渋川から吾妻谷を西に進む旅人は長い間吾妻峡により遮断されていた。旅人は軽井沢から北軽井沢、三原、草津と来て六合に下り沢渡に至り、吾妻谷を沼田へと抜けて行った。戦後吾妻谷に鉄道が稼働ししばらくして草軽電鉄は廃止されたが、西からの旅人は車に手段を変えた。関の東と西の上野の境界は吾妻谷の吾妻峡にあると言って良いのではないかと思う。
渋川から吾妻谷を西に進む旅人は長い間吾妻峡により遮断されていた。旅人は軽井沢から北軽井沢、三原、草津と来て六合に下り沢渡に至り、吾妻谷を沼田へと抜けて行った。戦後吾妻谷に鉄道が稼働ししばらくして草軽電鉄は廃止されたが、西からの旅人は車に手段を変えた。関の東と西の上野の境界は吾妻谷の吾妻峡にあると言って良いのではないかと思う。
ニンチェンタングラ山 ― 2011/08/20 17:20
百体観音第一番 如意輪観音(天道) ― 2011/08/26 12:09
県道東御・嬬恋線は長野県の東御市と群馬県の嬬恋村を結んでいる。過ってこの道は湯道と呼ばれ湯客が鹿沢温泉へ通う山道であった。江戸の末期から明治初期にかけて、この地のひとびとは街道筋に六観音石仏を1町ごとに安置し合計100体を安置した。
道しるべとして湯客の道中の安全を慮るとともに、西国33観音霊場、坂東33観音霊場、秩父34観音霊場と合せて100観音巡礼の功徳をも授からんと欲して奉納したこの地のひとびとの純真な観音信仰の強さを感じとることができる。
いわゆる六観音とは六道輪廻に対応し如意輪観音、十一面観音、千手観音、聖観音、馬頭観音、准胝観音があてられ、六道に迷う衆生を救うと説かれている。
第一番は如意輪観音で六道輪廻の天道に対している。
道しるべとして湯客の道中の安全を慮るとともに、西国33観音霊場、坂東33観音霊場、秩父34観音霊場と合せて100観音巡礼の功徳をも授からんと欲して奉納したこの地のひとびとの純真な観音信仰の強さを感じとることができる。
いわゆる六観音とは六道輪廻に対応し如意輪観音、十一面観音、千手観音、聖観音、馬頭観音、准胝観音があてられ、六道に迷う衆生を救うと説かれている。
第一番は如意輪観音で六道輪廻の天道に対している。
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