敦煌 莫高窟その22020/02/08 15:02

莫高窟
莫高窟 チケット

莫高窟 チケット

見学年月日一覧
      2007年 9月20日  半日           10窟  
      2019年11月22日  一日    14窟
      2019年11月23日  一日    16窟
      2019年11月24日  一日弱   12窟
      2019年11月26日  半日      4窟

見学した石窟を開鑿開始年代別

  北涼(420年~)   275窟
  北魏(439年~)   246窟、254窟、257窟、259窟
  西魏(535年~)   249窟
  北周(557年~)   296窟、428窟
  隋 (581年~)   292窟、311窟、314窟、390窟、397窟
           407窟、419窟、420窟、427窟
  初唐(618年~)    57窟、 71窟、 96窟、220窟、321窟
           323窟、332窟、334窟、335窟
  盛唐(712年~)    23窟、 44窟、 45窟、 79窟、130窟
           148窟、172窟、217窟、320窟、328窟
           329窟、331窟、340窟、384窟、386窟
  中唐(781年~)   158窟
  晩唐(848年~)    16窟、 17窟、 94窟、156窟
  五代(907年~)    61窟
  宋 (960年~)    55窟
  西夏(1038年~)   409窟
  元 (1271年~)    -
           
見学して気にとめたことを絵に描きました。

北涼第275窟 窟形式と彩色塑像
     最も初期の洞窟      
莫高窟 第275窟の石窟形式
         正面仏座 三角形の背もたれ
         左右壁面に3つの龕(闕形龕2、円拱龕1) 

北涼第275窟 彩色塑像と飛天
    弥勒菩薩交脚倚坐像  
莫高第275窟弥勒菩薩の横顔
         正面の顔と想像もつかない美しい横顔、長い髪
  
          ビリンジェリ本生中の飛天
莫高第275窟 飛天
         素朴な飛天

北魏第257窟 塑像と本生説話図
    半跏菩薩(弥勒菩薩)
莫高第257窟 半跏弥勒菩薩

    本生説話
     九色鹿本生
莫高第257窟 本生図 九色鹿本生


北魏第259窟 塑像
    釈迦仏と多宝仏の二仏並坐像
莫高第259窟 二仏並坐像(釈迦仏と多宝仏)

  (東壁下層龕)禅定仏
        敦煌のモナリザと称されている微笑みを浮かべる
莫高第259窟 敦煌のモナリザ(禅定仏)

西魏第249窟 窟形式、四坡画、天宮伎楽
    窟形式
     伏斗型方窟
莫高第249窟 伏斗式石窟
        天井伏斗型
        西壁に一龕を開き倚坐仏を置く
        四坡絵:阿修羅、風神、雷神、西王母、帝釈天、開明、飛天など描く
        北、南壁に天宮伎楽、千仏を描く

    西坡画
     阿修羅王
莫高第249窟 阿修羅王

    北坡画
     狩猟図
莫高第249窟 神々 風神と開明

    天宮伎楽
     法螺貝を吹く伎楽天
西魏第249窟 伎楽天

     南坡画と西坡画 開明と風神
莫高第249窟 風神と開明


北周第428窟 窟形式と本生説話と飛天
    窟形式
     中心柱窟      
莫高第428窟 中心柱形式
        天井の形は人字披
        中心柱の四方に龕を開け仏像を置く
        周囲の北、西、南壁には仏、供養菩薩、千仏、供養人を描く

   本生説話
    (東壁)サッタ太子本生
     捨身飼虎
莫高第428窟  サッタ太子本生

   裸体飛天
莫高第428窟 裸体飛天


北魏第254窟 本生説話
     シビ王本生 割肉貿鴿
莫高第254窟 シビ王本生
         (2007年9月)

隋第407窟 窟頂 藻井  
     三兎飛天
隋第407窟 窟頂 藻井 三兎飛天


隋第397窟 仏伝図 
  (龕頂)托胎霊夢 
      乗象入胎
隋第397窟 龕頂 乗象入胎


隋第419窟 彩色塑像(五尊像)
    一仏二弟子二菩薩
莫高第419窟 三尊像と力士像

    
隋第427窟 彩色塑像(三尊像と力士)
     (主室)一仏(現世仏)二菩薩
     (前室)力士像
隋第427窟 彩色塑像 三尊像と力士像
         前室の出現


初唐第57窟(美人窟) 仏画
     (南壁)樹下説法図
莫高第57窟 仏画 説法図


初唐第96窟(九層楼北大仏) 石胎泥塑
     弥勒倚座大仏
莫高第96窟 弥勒坐仏


初唐第220窟 経変図
   (南壁) 阿弥陀経変図
莫高第220窟 阿弥陀経変
         経変図の流行
   
   (東壁) 維摩詰経変 帝王図
莫高第220窟 維摩詰経変 帝王図


盛唐第172窟 経変図
  (南壁) 観無量寿経変
莫高第172窟 観無量寿経変

  (南壁) 観無量寿経変中右天空の飛天
莫高第172窟 観無量寿経変 飛天


盛唐第217窟 法華経変
     化城喩品
莫高第217窟 法華経変 化城喩品


盛唐第45窟 彩色塑像 七尊仏
 (西壁龕内)一仏二弟子二菩薩二力士
莫高第45窟 彩色塑像 七尊像
        七尊形式が成立、雅びな趣き
  (同) 菩薩像
莫高45窟 西壁龕内 菩薩
        インドの三曲法の取入れ

盛唐第130窟(南大仏) 石胎泥塑
     弥勒倚座像
莫高第130窟 南大仏弥勒倚坐像
         (2007年9月)

盛唐第148窟 涅槃経変
      涅槃窟
莫高第148窟 涅槃窟
         涅槃のテーマが流行

中唐第158窟 涅槃経変
      涅槃仏
莫高第158窟 涅槃仏
         大型の涅槃像(第148窟、第158窟)

      各王子挙哀図
莫高第158窟 涅槃経変 各国王子挙哀図

晩唐第16窟 窟形式
     中心仏壇窟
莫高第16窟 中心仏壇窟

晩唐第17窟 塑像と壁画 
    洪辯像と優婆夷
莫高第17窟 洪辯と優婆夷

五代第61窟 窟形式と回鶻供養像と散花飛天
   窟形式
     背屏式中心仏壇窟
莫高第61窟 背屏式中心仏壇窟


   供養像
   (東壁)回鶻女供養像(曹元忠の姉)
莫高第61窟 回鶻女供養者像
 

   (参考)
    五代楡林窟第16窟 供養像
     曹議金供養像
楡林第16窟 曹議金供養像

      散花飛天
莫高第61窟 散花飛天


宋第55窟 塑像 力士
  (壇上左下)力士像
莫高第55窟 力士像


西夏第409窟 供養像
 (東壁) 回鶻王供養像
莫高第409窟 回鶻王供養像
   

(現地説明者)
特別講義とディジタル化作業中の217窟の説明をして頂いた研究院のNIU先生
一日目の説明員のMENGさん
二日目~最終日まで 説明員のZHUさん

(参考図書)
世界文化遺産 敦煌石窟(中国旅游出版社)
敦煌壁画臨本選集(上海人民美術出版社)
敦煌飛天線描一百例(浙江古籍出版社)
敦煌 石窟知識辞典(甘粛人民美術出版社)

      中国 甘粛省 敦煌市 莫高窟(2007年9月、2019年11月)





敦煌 莫高窟その12020/02/04 11:15

2007年9月20日、初回見物できた石窟はわずかに10窟にすぎませんでした。
12年後もっと石窟内部を見物するため再び訪れました。
今回は3日半をかけて開放窟の全て約40窟余りの内部を見物することができたこと、研究院の先生の講義と保持活動の実際の話を聴けて大変満足できました。

窟内は写真撮影禁止、仏像や壁画の画像はありません。
まずは石窟外部の写真をその1に掲載しました。

     バーチャルセンターで専用バスに乗り換えて莫高窟へ向います。
     大泉河岸辺の駐車場で専用バスから降りる。
 
     目の前に
     鳴砂山の断崖をあらう大泉河と北区石窟群
莫高窟 大泉河
      

      まずは大泉河を渡ります。
      朝の冷え込みで流れは一部凍っていました。
      莫高新橋
莫高窟 莫高新橋

    

      小牌坊の入場口まで南区の石窟群を右手に見ながら歩きます。
莫高窟 石窟群

南区石窟群
     小牌坊のまえで説明員と合流して入場しました。
     北方面の石窟
莫高窟 石窟群北方面

     
     蔵経洞の先に12年前に来て印象に残った小さな門が見えました。
     北方面の先端
 
      
莫高窟 石窟群 北門
 

     南方面の石窟群
莫高窟 石窟群南方面
    
     
     南大仏の先が南方面の先端となります。
      
     南方面の先端
莫高窟 石窟群 南


建築物
      北方面蔵経洞(第16-17窟)
莫高窟 蔵経洞


      北大仏が鎮座する第96窟、莫高窟のランドマークです。
      南方面九層楼
莫高窟 九層楼


      南大仏が鎮座する第130窟 
      南方面南大仏
莫高窟 第130窟南大仏


      小牌楼
      莫高窟を象徴する建造物のひとつ
莫高窟 小牌坊

      大牌楼
      過って大牌坊をくぐって見学者が入退場していくルートでしたが、今は
      莫高大橋が入場のルートになったため帰りにくぐるだけにになった。
      12年前より鮮やかさが失われている感じがしました
      11月という季節がそうさせたのかも知れません
莫高窟 石窟群外 大牌楼

      大牌坊をくぐると大泉河の先に塔と急峻な頂きが見えました。
      塔林は12年前は無かったと思います。     
      塔林と三危山
莫高窟 石窟群 外  塔林

      
      研究院の食堂で3日ほどお昼ご飯を頂きました。
      とてもおいしくいただけました。
      敦煌研究院保衛所
莫高窟 敦煌研究院保衛所

広場
      
      この広場でぶちの猫ちゃん出あいました
      九層楼広場
莫高窟 石窟群外 九層楼広場


      日本著名書家日中友好協会会長敦煌研究
      院名誉研究員平山郁夫先生熱心敦煌文物
      事業並不断為敦煌研究院培養文物保護和
      学術研究人材為発展敦煌研究事業一九八
      九年十月又向我院☐贈両億日☐作為学術
      基金為☐対平山郁夫先生的有効情誼表示
      敬意持建此幢以資記念
      敦煌研究院一九九四年八月立徐祖蕃書丹
      九層楼広場に立つ石碑
莫高窟 石窟群 外 九層楼広場石碑

     大牌坊広場
     大牌坊広場には12年前と同様に書籍や絵画を売る売店があります。

足元
     飛天を描いたマンホール蓋
      
莫高窟 石窟群 足元 プレート

     九層楼と飛天を描いたマンホール蓋
莫高窟 石窟群 プレート
 

 

     九層楼の平面図のプレート
莫高窟 九層楼プレート


      石窟の遺産を保護するため一日当たりの見学者の人数が限られています。
      予め事前に予約していないと入場できません。
      チケットには氏名、パスポート番号が印刷されています。

      入場チケット
莫高窟 チケット


その2では石窟の中をまとめて掲載します。

    中国 甘粛省 敦煌市 莫高窟 (2019年11月22日~25日)

瓜県 荒野の大地の子2020/01/15 14:35

瓜県の南部 ゴビタンのガレバがあり羊や駱駝が遊ぶタマリスクやラクダソウが生える原っぱがつづく
降水量は少なく乾燥した土地であるが祁連山脈の雪解け水の地下水が豊富であるという
そんな荒野の道端で見つけた「大地の子」と呼ばれるうつ伏して眠る子供の像です
瓜県 大地の子

楡林窟を見た帰りの車窓より(鎖陽城鎮から破城子の城跡を過ぎた道端)

        中国 甘粛省 瓜県   (2019年11月25日)

久米島 五枝の松 土帝君2020/01/14 22:08

久米島の名前からして久米島では過って稲作が営まれていたそうだ
観光地の五枝の松は大きなため池の畔にあり稲作と関係があるらしい
稲の豊作を祈願するためにこの琉球松は植えられたものなのであろうか

五枝の松の姿は根元から枝が分岐して地をはうように広がっている
手入れは害虫駆除の散布をするだけで剪定などは行わないとのことであるが
豊穣を感じさせる雄大な姿を保っている
久米島 五枝の松


しかし外からだと見えにくいけど分岐枝の中心に石の祠がある
尋ねると「農業の神様」だとトライバー兼ガイドのOさんの返事
五枝の松は農業の神を祀るにあたり琉球松を植樹したのが始まりのようだ
松は強海風を遮り祠を守るように働き神木としての役割を得て観光的な主役と成長した
久米島 五枝の松 土帝君


Oさんガイドさんが「農業の神様」と説明したが「土帝君(トーティークン)」という中国から持ち込まれた豊穣の神様で、島の人々が稲作の豊作を祈願するため祀ったもののようだ
祠のなかを見ると石板が置かれているだけで土帝君を現す文字や神像は掘られていないようだ
花瓶に花が生けられていて人々の信仰は今でも生きている
久米島 五枝の松 土帝君

祠の庇に「勒□□」と文字が刻まれていて「土帝君」とは記されていない
□□部分は私には読めないが弥勒信仰との関係もあるようである
弥勒信仰といっても豊穣の神として祀るミルク神である
豊年祭りなどで登場するミルク神は仮面を被った女性の姿(韓国の官奴仮面劇に登場するソメカクシのような豊満な仮面と色彩が同じような衣装)であるそうだ
  (ところで文字は「譲位勒」と読むのか?ヘルプ)
久米島 五枝の松 土帝君

久米島の稲作は国の減反政策により止めてしまったようで水田は稀にしか見られない
稲作地はサトウキビ、ドラゴンフルーツ、ビニイモ、ラッキョウなどの畑に変えられていったが、ため池の水辺に祀った豊穣の神様の役割は無くなっていない

       沖縄県 久米島町 五枝の松 (2019年12月14日)


久米島 君南風殿内(チンベードゥンチ)2020/01/13 16:32

君南風(チンベー)がウマチー(6月25日)の祭祀を行うときに座ったトートー石は具志川城址で書いたが、この建物は殿内(どぅんち)と呼ぶチンベーが祭祀を行う社殿である

琉球王朝は各島へ女性神職(ノロ(巫女))を派遣して神事を執り行わせていたそうだ
琉球王朝にとってこの島が航海上要衝の島であったためか、久米島のノロはその中でも位が高かったようである

神社風の社殿
久米島 君南風の神殿

神社のような飾りつけ
久米島 君南風の神殿

殿内は1937年神社風に建てられ、1977年現在の新社殿が完成したそうである
1937年以前、琉球王朝時代の君南風殿内がどのようなものであったのか旅行中における手掛りはなかった

余談であるが、久米島ではハブを退治すると1匹2,000円、烏を退治すると1羽1,000円お金がお上から頂けるそうである

        沖縄県 久米島町  君南風殿内  (2019年12月14日)

久米島 具志川城跡2020/01/12 11:12

沖縄方面の城は?
沖縄の歴史はよくわからない
久米島は黒潮あらう中国本土航海の要衝ということで城を築く必要があったのだろうか

久米島には4つもの城址が残されている
15世紀初頭に伊敷索(いなのは)一族という武装集団が島を支配したとき築城したという
その一つがこの具志川城である

具志川城は島の北に位置し過って海に囲まれていたというが今は南側は陸続きである

城門は南側の南側にある
久米島 具志川城跡

積石の城壁に囲まれた場内は4つの郭に区切られている
久米島 具志川城跡

三の郭に位置する城壁
久米島には具志堅三兄弟という石垣職人がおったという
久米島 具志川城跡

この海を渡ってどのような人々がやってきたのだろうか
この城の生活はどのようなものであっただろうか
1507年琉球王朝の尚真王によって伊敷索は討伐されたと聞くがこの島でどのような争いがあったのか
久米島 具志川城跡

この城ではどんな物語が文書として残されていたのだろうか
どんな古文書があるのか見てみたい
久米島 具志川城跡

14世紀頃、神と交信できる数人の根神(女:ニーガン)とニ三十人の根人(男)が村落をつくっていたという
君南風(チンベー)と呼ばれる根神の最高神(祭司)である
城の南側の斜面に祭祀のときにこのチンベーが座る石坐(トートー石)がある
久米島 具志川城跡トートー石

いったいここではどんな歴史が展開していたのだろうか興味を起させる城址でありました


         沖縄県 久米島町 具志川城跡  (2019年12月14日)

敦煌 西千仏洞2020/01/10 23:18

敦煌 西千仏洞
敦煌市街より西方35キロ、党川の北岸170メートルの幅に19の石窟が残る
日が西に傾く頃にここに到着

このように砂利を積み重ねたようなもろい土砂の崖なのによく穴を穿って石窟を作ったものだと思う
敦煌 西千仏洞 地質

石窟入口
敦煌 西千仏洞

石窟は階段を上った高さに並ぶ
敦煌 西千仏洞

敦煌 西千仏洞
党河の流れと断崖が見える
敦煌 西千仏洞

石窟内部の説明は中国語で現地説明員、日本語通訳は現地ツアーガイドの許さん

中に入って観賞できた窟は第4-5窟、第9窟、第11窟、第18窟の4窟のみ

第4-5窟
敦煌 西千仏洞第5窟
       開削:隋時代
       前室説法図       
       前室天井に豊満な飛天が舞う
       主室正龕虎の絵を背にした仏坐像
       回鶻牡丹模様が描かれた主室天井
       密教曼荼羅(緑度母)
第9窟
敦煌 西千仏洞 第9窟
        開削:西魏時代
        1仏2弟子の塑像
        隋時代に描かれた未完の飛天
        唐代の壁画に如意元年(692年)の年号が記される
         (唐が武周と国号を改めた時代) 
第11窟
敦煌 西千仏洞第11窟
        開削:北魏時代
        民国政府修復の仏坐像
        説法図
第18窟
敦煌 西千仏洞第18窟
        開削:中唐・吐蕃占領時代
        観無量寿経変(唐代の建物、観音菩薩、勢至菩薩)
        薬師教変
        不空羂索観音
        正龕に七尊仏の台座のみ残る

西千仏洞を見た中で一番素晴らしかったと感じたのは第18窟の壁画でした


        中国 甘粛省 敦煌市  (2019年11月24日)



瓜州 楡林窟2020/01/09 21:35

2019年11月25日(月)快晴
楡林窟の石窟10窟を見る

楡林窟は甘粛省瓜州県の南山山谷中の楡林河東西両岸に開鑿された仏教石窟であります

外景

     東崖は上下二層に分かれる
楡林窟  東崖

        上層に20窟
楡林窟 東岸

楡林窟 東岸

        下層に10窟
楡林窟  東崖

     西崖は一層のみ11窟
楡林窟  西崖

        仏塔が入口に立つ第38窟
楡林窟 西崖 38窟

楡林窟 西岸


開鑿時代は唐代~清代であるという
見学できたのは東崖のみで合計10窟に入ることができました
現地説明員は若い女性で日本語がとても堪能でした


見学窟一覧
第5窟、第2窟、第25窟、第26窟、第21窟、第17窟、第16窟、第14窟
第13窟、第12窟

記憶に残る塑像、壁画など

涅槃仏像(第5窟)
 とても穏やかな美しい顔立ち
楡林第5窟 涅槃仏


三世佛像(第17窟)
 中心柱の三方の龕に鎮座した過去、現在、未来の三世佛像の造形と頭光、背光に描かれた
 模様と緑の色彩
楡林第17窟 中心柱南向龕 仏頭

曹議金と曹議金夫人の供養像(第16窟)
楡林第16窟 曹議金供養像

 ほぼ実寸大の供養像、香炉を持ち立つ曹議金の供養像、帽子や装束、宝刀や弓矢を持ち控
 える侍従たち。同じく香炉を持ち立つ夫人の供養像、桃型の冠や装束、頬に貼る花鈿、鏡
 や扇を持つ侍女たち。
弥勒経変図(第25窟)
 人間社会を描いた部分、農民一種七収図、老人入墓図、婚嫁図など
楡林第25窟 収穫図

 (第25窟)
観無量寿経変(第25窟)
 浄土世界の壮麗な宮殿、楼閣
 伎楽 人頭鳥身の共命鳥
 具体的な修行方法を描いた十六観図

水月観音(第2窟)
 シャボン玉のような透明な大輪の身光のなかで岩上に悠然自在に座る観音様
 一体は足元の水辺を見つめ、一体は欠けた月を仰ぎ見る
楡林第2窟 水月観音

 各各下に並んだ供養人、一方は七人の男、一方は四人の女

弥勒菩薩と普賢菩薩(第25窟)
 青獅子の背に座る文殊菩薩、六牙の白象の背に座る普賢菩薩
楡林第25窟 普賢菩薩と南方天王

薬王像など九体の塑像(第12窟)
 仏床上に並ぶ薬王を中心とした道教の塑像
 壁画は仏教画のままで塑像だけ道教に変えて使われたようだ

莫高窟よりは小ぶりな石窟でしたが見るべきものはすべてそろっていたような気がしました
特に第17窟の仏塑像と第25窟、第16窟の壁画が素晴らしかった
(現地説明)
  説明員 CHENさん
(参考図書)
  楡林窟芸術(江蘇鳳凰美術出版社)


         中国 甘粛省 瓜州県    (2019年11月25日) 


久米島のおばけ坂2020/01/04 14:10

久米島のおばけ坂
この坂は登っているように見えて実は下っている
私が乗ったバスはブレーキを外すと自然にこの先に下りはじめました
確かにこの上りに見える坂は下っているのです
久米島の不思議な風景です

久米島 おばけ坂

おばけ坂の錯覚はなにか日本の行き先を見ているようだ
           沖縄県 久米島町 (2019年12月14日)

2020年謹賀新年2020/01/01 00:01

今年が良い年でありますように・・・

            久米島 イーフビーチの日の出
久米島イーフビーチの日の出
            

 

11月24日ホテルのベランダより撮影しました。

         沖縄県 久米島町   (2019年11月24日)