カンウォンドスナップ三「仏教寺院(新興寺と月精寺)」2019年6月2019/06/24 11:42

カンウォンドにある2つの仏教寺院を訪ねました
一つは束草(ソッチョ)にある新興寺(シヌンサ)と
もう一つは平昌(ピョンチャン)にある月精寺(ウオルジョンサ)です

それぞれ新羅の善徳女王(ソンドッヨワン)の時代の創建で1300年以上の歴史を持つ古刹でありす
朝鮮王朝第3代王太宗により廃寺になったり朝鮮戦争による焼失など幾度かの災難を克服して現在に至っている
本尊は釈迦如来のようで日本でいえば曹洞宗と同じ本尊を祀る禅宗の寺である

○束草(ソッチョ)にある新興寺(シヌンサ)

一番高台に三聖閣という御堂がある

束草 新興寺 三聖閣

中を覗くと三つの聖人が祀られている どうも仏教の仏様ではない

束草 新興寺 三聖閣の神様

その一段下が釈迦如来を祀る本殿の極楽賓殿だ

束草 新興寺 本殿

本殿内の釈迦如来像

束草 新興寺 釈迦如来

本殿前の中庭

束草 新興寺 本殿前庭

創建以来残るものは本殿前の石段の手摺(ガードストーン)だけかも

束草 新興寺 本殿石段

本堂と同じレベルに鐘楼があり

束草 新興寺 鐘堂

中庭の一段下に幅広の普済楼がある

束草 新興寺 普済楼

普済楼は参拝者を仏前に導く入口であるようだ

束草 新興寺 普済楼

普済楼の先に四天王門がありここを抜け渓流に架かる橋を越えると

束草 新興寺

1989年建立されたという統一仏(トインプル)が鎮座している。
民族統一の願いを負託されたこの仏は弥勒菩薩だそうです
弥勒菩薩は56億7千万年後に仏となりこの世に現われ人々を救済するという未来仏で現在須弥山の上空にある兜卒天という天界で修行をしているそうです
なるべく早く民族統一の願いが叶うようにと仏前で祈りました

束草 新興寺 統一仏



○もう一つは平昌(ピョンチャン)にある月精寺(ウオルジョンサ)です
 月精寺は新興寺を同じような五台山国立公園ないの山深い閑静かな森の中にあります

一柱門から天王門までは渓流に沿った自然味豊かな道がつづきます

平昌 月精寺 一柱門

モミの森は行くひとにグリーシャワーを浴びせリラックスさせます
さすがに五台山国立公園の中にあるだけあります

平昌 月精寺 グリーンシャワー

足元を愛くるしいリスが走り回りこころを癒してくれます

平昌 月精寺 リス

グリーンシャワーの森は聖域を守る四天王が立ち並ぶ天王門へとつづきます

平昌 月精寺 天王門

天王門を入るとここでもリスが参道の岩のうえで夢中で餌を食んでいました
私がカメラを向けて近づいても逃げ出しません

平昌 月精寺 金剛門 りす

その次に金剛楼がありその先に石段がありここを登ると本殿のある中庭に入ります
近くに金剛橋という橋がありこの建物とセットで「金剛」という仏の教えを諭すものだろう

平昌 月精寺 金剛門

金剛楼の上には色鮮やかな八角の回転する??がある
この形は須弥山や兜卒天といった曼荼羅の世界を現しているものなのか??
水平に出ている棒をつかんで右回りで一回転させた

平昌 月精寺 金剛楼

金剛門の階段を登り切ると本殿の中庭へ入る

平昌 月精寺 中庭

本殿の正面に太鼓、鐘、魚鼓、??の鳴り物が四つ並んだ鐘鼓楼がある 
それらの鳴り物はどのように使われていのだろうか?
北京や西安では鐘で開門、太鼓で閉門を知らせたというが

平昌 月精寺 鐘鼓楼

鐘鼓楼の右隣に聞きなれない沸乳閣という真水が滾々と涌き出す水場がある
生活用水を供給する井戸なのか身を清める場所なのか??

平昌 月精寺 沸乳閣

中庭の真ん中に高さ15メートルほどの高麗時代の石造りの八角九重の塔が聳え「寂光殿」と額を掲げた本殿がある
寺院の建物は朝鮮戦争で全滅、この石塔だけが残ったそうである

平昌 月精寺 寂光殿

本殿のなかでは真新しい釈迦如来が鎮座する

平昌 月精寺 本尊釈迦如来像

新興寺と同じようにここ月精寺にも最上段に三聖閣があった
閣の中を覗き見ることができなかったが、新興寺と同じように三聖人が並んで祀られているいるのに相違ないだろうと思っている

平昌 月精寺 三聖閣

寺の造りは色彩がとても鮮やかである
仏塔は石造りがきわだっている
敷地内に墓所が見えない
仏様も神様も同じ場所に祀られている(神仏習合)

 
       韓国 江原道 束草 平昌  (2019年6月10~11日)

マニラ サン・オーガスチン教会(平成31年3月7日)2019/04/06 08:24

サン・オーガスチン教会

スペインがフィリピンにもたらしたもののひとつにキリスト教がある
フィリピンのカトリックの信者は人口の83%を占めると言われている
マニラ サン・オーガスチン教会

フィリピンはマレー系、中国系、スペイン系、少数民族など多民族国家
キリスト教の教会の門に玉を抱えた獅子が置かれているのを見たのは初めてであるが、それはここでは不思議ではないのである
マニラ サン・オーガスチン教会

夕方正門が開かれ6時前にはマニラの人々が集まった
私も夕食まで時間があったので教会に入り後ろの席に座って繰り広げられるミサの式典を見物した
ヨーロッパで経験した教会の雰囲気よりずっと自分に近い親しみを感じた
マニラ サン・オーガスチン教会

ミサの最後に二人の巫女?が席を廻り竿の先に紐でつるした袋を僕の頭上に垂らしたのでい躊躇することなく賽銭のつもりで小銭を袋に入れた。フィリピンでは宗教税はどれくらいかとガイドに尋ねたら税はない全て寄付だと回答であった
日本のこんなに近い国でカトリック大国があるとは認識を新たにした

            フィリピン マニラ (2019年3月7日)

マニラ マニラ大聖堂(平成31年3月7日)2019/04/05 16:41

マニラ大聖堂

スペイン統治時代の16世紀に創設

植民地支配のシンボルサンチャゴ要塞の門から見る現在のマニラ大聖堂
マニラ マニラ大聖堂


1945年2月マニラ市街戦の戦禍により破壊された大聖堂は1954年~58年に再建された

現在のマニラ大聖堂正面
マニラ マニラ大聖堂
 

聖堂の再建にあたっては復旧に必要なセメント6万袋が内山岩太郎氏らの手立て(アジア善隣国民運動)により寄贈された。現地ガイドのスズキ氏からはこれは日本に対するフィリピンの国民感情を和らげたことだったコメントがあった。

           フィリピン マニラ  (2,019年3月7日)

ケルンにて2015/12/29 17:01

ノルトライン=ヴェストファーレン州 ケルン
ケルンの目的はケルン大聖堂とライン川であった

スケジュールでは11月11日の午前中にケルン大聖堂を見ることになっていたが、その日はお祭りがあり入館できるか分からないということで急遽10日の予定を早めてその日の夕刻に繰り上げて見物することになった

大聖堂に着いたのは午後4時をまわっていた
黒く変化した建物はドイツでよく見受ける 年代の古さを感じさせるがあまり美しいとは思えない
 
 
ケルン大聖堂 ケルン ドイツ

夕暮れが迫っていたがそれでも観光客は広場に集っていた
ケルン大聖堂 ケルン ドイツ

またここで中国の法輪功に対する虐待を非難するビラが配られていた
この光景は9月にワシントンD.Cにおいても遭遇した
ケルン大聖堂 ケルン ドイツ

尖塔アーチの入口は私たちを内陣へと誘う
ケルン大聖堂 ケルン ドイツ

王冠を頭に載せた聖母子像が対称の中心に立つ ここはマリア大聖堂なのだ
ケルン大聖堂 ケルン ドイツ

暗い聖堂は私の進入を拒んだ
ケルン大聖堂 ケルン ドイツ

暗い聖堂を出て南側に回る もう店の照明が赤く目立つほどあたりは暗くなった
十字架の片翼を担う南側の翼廊部分が突き出す 切妻屋根が十字に交差する点に立つクーポラがいちばん美しく見えるポイントだ
ケルン大聖堂 ケルン ドイツ

広場の端からから南側の真横の景観を見る 近くに寄ってからでは建物全体を把握することはむずかしいのだ
ケルン大聖堂 ケルン ドイツ

日が暮れた WiFiの街灯が灯る
ケルン大聖堂 ケルン ドイツ

明日朝の自由時間になんとか明るい内陣を見たいと念じて大聖堂を去る
ケルン大聖堂 ケルン ドイツ

翌朝ライン川沿いにすずかけの道を歩いて大聖堂へ向った
初めて見るライン川の景観はとても新鮮に写った
ケルン大聖堂 ケルン ドイツ

ライン河岸を北に折れつづら折りの坂を登って大聖堂の東側からアプローチした
ここでようやく主祭壇の建物の外観を見ることができた
ケルン大聖堂 ケルン ドイツ

西の広場は昨日と違ったひとびとが群れていた
ケルン大聖堂 ケルン ドイツ

それは思い思いの衣装で着飾ってお祭りに集まりおおいに楽しもうとするひとびとだった
例年11月11日11時11分11秒から祭は開始されるとのことだ おもしろい!!
ケルン大聖堂 ケルン ドイツ

再び門をくぐり内陣に入る
身廊奥の主祭壇 天井までとどくほどの細長い窓から神の光が射し込んでいた
身廊の柱は他の聖堂に比べいくぶん細いように感じた
ケルン大聖堂 ケルン ドイツ

朝日を受け南の側廊の窓枠にはめられたステンドグラスは耀を増していた
東方三博士の礼拝、精霊降臨、聖ステファノの殉教などの場面が描かれる
これはその一つのビエタ
ケルン大聖堂 ケルン ドイツ

羊飼いのキリストの祈りという場面であるのか?他の絵画とタッチの違った不思議な天井画も気を引いた
ケルン大聖堂 ケルン ドイツ

世界最大のゴシック建築とのちょっぴりのふれあいでした
  

   ドイツ連邦共和国 ノルトライン=ヴェストファーレン州 ケルン
                       (2015年11月)


私のイラン⑥王家の礼拝所シャイフ・ロトフォラー・モスク2014/12/15 22:37

金曜日のモスクは大衆のための礼拝所である
イスファハンのイマーム広場には王家専用だった礼拝所がある
それがシャイフ・ロトフォラー・モスクである

暮れなずむイマーム広場
イスファハン イマーム広場

この時間モスクの正面入口の扉は固く閉められている
イスファハン シャイフ・ロトフォラー・モスク

翌朝正面入口に立つ
玉ねぎ型のドームはベージュ色を基調として黒やトルコ・ブルーのモザイク・タイルで文様が描かれている
イスファハン シャイフ・ロトフォラー・モスク

正面入口の外壁は青を基調としたクエルダ・セカ・タイルの装飾だ
イスファハン  シャイフ・ロトフォラー・モスク

正面入り口から入ると暗くて狭い通路を進む
イスファハン  シャイフ・ロトフォラー・モスク

暗い通路から急に礼拝室の入口に行き着くと
あふれる光の煌めきにウォーと思わず驚きの唸り声が出る
それほど唐突に美の世界に入るのだ
イスファハン  シャイフ・ロトフォラー・モスク

煌めきの仕掛けはドームの基底部に並んだ格子窓だ
思う存分自然光を取り入れその各々が干渉し合い彩色タイルの壁に反射することで
荘厳な空間を作り出している
イスファハン  シャイフ・ロトフォラー・モスク

また干渉し合った光はドーム天辺に太陽の移動とともに移ろう孔雀の光の尾を生じさせる
イスファハン  シャイフ・ロトフォラー・モスク

ミヒラーブの上部にも聖地からの強力な光を取り込む窓が開けられている
イスファハン  シャイフ・ロトフォラー・モスク

ミヒラーブ内壁に刻まれた文字はこの装飾が行われた年号を示すものなのだろうか
どこかに1616年に装飾が行われたという銘文があると言う
イスファハン  シャイフ・ロトフォラー・モスク

今一度ドーム天井を見る
放射状のレモン形の模様は神の宇宙を現しているようだ
イスファハン  シャイフ・ロトフォラー・モスク

ドームが架けられた礼拝室だけの小規模なモスクでしたが豊かな色彩、精微な模様、光に煌めきなどとても美しいと感じた

     イラン・イスラム共和国 イスファハン (2014年10月)


私のイラン④ヤズドの金曜日のモスク2014/12/04 15:28

金曜日のモスクは町に一カ所設けられています
正式にはジャーメ・モスクと言いジャーメとは皆のという意味です
イスラムの国は金曜日が休みでひとびとはこのみんなのモスクに集まりお祈りをします
そして都市の発展に従ってモスクも規模を拡大してきました

街路樹が並ぶ歩道を行くとモスクの正門に辿り着く
建て幅が狭いミナレットは鬼の角のようだ
このミナレットはイランで最も高いと言われているが
イーワンの上に建てられているのであまり高いとは感じさせられない
ヤズド 金曜日のモスク


ムカルナスの半円形のドームがありその下部の窓は抜けていて青空が見える
ヤズド 金曜日のモスク

このモスクの歴史はササン朝ペルシャまでさかのぼる
ササン朝はゾロアスター教を国教に定めこの地にゾロアスター教寺院を設けた
時代は下りチムールの14世紀中頃ここにモスクが建てられた
壁を蔽う飾りは彩色タイルを模様に合わせ欠いて嵌め込んだもので
大変手間がかかった分美しさが際立つ
ヤズド 金曜日のモスク


ハシティー(玄関)の木製の扉を抜け中庭にはいる
中庭に面したイーワーンは1基でその奥にドームがある
ヤズド 金曜日のモスク

イーワーンの土台に大理石を使うのがイランのモスクの特徴のようだ
ヤズド 金曜日のモスク

奥に進む
ヤズド 金曜日のモスク

ミヒラーブの前でキプラに向いてお祈りする女性
ヤズド 金曜日のモスク

ミヒラーブの装飾の中に文字を見つける
これは建築を手掛けた建築家のサインであるのだろうか
それにしても模様はなんて美しいことか
ヤズド 金曜日のモスク

見上げるとドーム天井の装飾は水色が基調だ
花々が浮かぶ天空の泉のようだ
ヤズド 金曜日のモスク

神聖な空間をつくるドームを後にする
ヤズド 金曜日のモスク

日差しの強いサハン(中庭)は眩しい
周囲にアーチが並びその奥にシャベスタン部屋(祈りの部屋)がある
ヤズド 金曜日のモスク

祈りの部屋の天井には天窓があり自然の光が降り注ぐ
床には赤い絨毯が敷かれ緑のカーテンで男と女の領域を区切っている
今日は日曜日なので祈りの集会に訪れるひとの姿はない
ヤズド 金曜日のモスク

アーチ型の窓にはいつしかステンドグラスが嵌め込まれ色彩を加えた
ヤズド 金曜日のモスク

部屋の入口に六角形の土塊を入れた箱が置かれていた
これを一つづつ手にして入り目の前の床に置きこれに額を付けてお祈りするのだ
ヤズド 金曜日のモスク

祈りの部屋専用のミヒラーブと聖職者が講義するための演台もある
ヤズド 金曜日のモスク

そして聖職者の墓もあるようだ
ヤズド 金曜日のモスク

祈りの部屋を出てサハンに戻る
真ん中のアーチから黒い人影が消えた
ヤズド 金曜日のモスク

行ってみると裏門とも思える小さな出入り口があった
扉はここも模様が彫られた木製である
ヤズド 金曜日のモスク

裏門の外は通りが横に伸び先程出て行った黒い影が去っていくのが見えた
今日は日曜日であるがお祈りにみえたのであろうか
ヤズド 金曜日のモスク

もう帰る時間だ
人影を見送って裏門をくぐりサハンに戻る
ヤズド 金曜日のモスク

正面は最初に入ったイーワーンとドーム
時は過ぎてもあい変らず空に雲ひとつない
ミナレットの影も人影も短くなってきた
ヤズド 金曜日のモスク

帰る時間です
連立するめずらしいミナレットを見上げながらさよならしました
ヤズド 金曜日のモスク

女性はモスクに入ってお祈りができないなんていうところもあったけど
イランでは女性もお祈りにモスクを使えるということなのでほっとしました
町中では理髪店は男性と女性別に店があり女性店には男性の理髪師はいないとのこと
男女共学なっていうのもないのかも・・・いろいろ日本の生活とは違いがあるようだ
   イラン・イスラム共和国 ヤズド (2014年10月20日)