イギリス小紀行⑦ストラットフォード・アポン・エイボン ヘンリー街 ― 2014/07/03 15:34
1564年4月某日ウィリアム・シェイクスピアはここ
ストラットフォード・アポン・エイボンのヘンリー街で生まれたという
日本では1564年は戦国時代の永禄7年である
我が町では斎藤氏の嶽山城を真田幸隆が攻めて斎藤氏が存亡の危機をむかえていた
ヘンリー街
4月25日 雨天にも係わらずヘンリー街は観光客の姿が後を絶たない
ストラットフォード・アポン・エイボンのヘンリー街で生まれたという
日本では1564年は戦国時代の永禄7年である
我が町では斎藤氏の嶽山城を真田幸隆が攻めて斎藤氏が存亡の危機をむかえていた
ヘンリー街
4月25日 雨天にも係わらずヘンリー街は観光客の姿が後を絶たない
シェイクスピアの生家
今日でもこの区域をヘンリー街というのか知らないが通りの真ん中に
観光の主役シェイクスピアの生家が建っていた
木造の建物は400年以上の年を重ねた風格を吐露していた
その年輪に向ってシャッターを切ったが どう言う訳か観光客の姿は写っていない
玄関に掲げられた紋章はペンである
玄関で気になったのはペンの紋章と切り妻屋根の垂木の組み方だった
ヘンリー街を行く巨大な仕掛け人形
翌4月26日はお祭りが予定されていてそのリハーサルとして
巨大な仕掛け人形がお披露目された
仕掛け人形の登場により観光客の関心は生家への関心が削がれたようだ
恥ずかしいながらシェイクスピアは一度舞台で「リヤ王」を見たきりだ
本を開いて彼の戯曲を実際に読んだことはなかった
帰国後図書館で文学全集を開いてみた
彼の年譜と戯曲マクベスを読んだ
年譜により私の訪れた4月25日がほぼウィリアムの誕生日であったことを知った
また翌4月26日のお祭りは彼がホウリー・トリニティ教会で受洗した日にちなんで
模様されているのではないかと憶測した しかし仕掛け人形の正体は??
イギリス ストラットフォード・アポン・エイボン (2014年4月25日)
イギリス小紀行⑧ロンドンスケッチ ― 2014/07/05 16:39
イギリス小紀行⑨ロンドンスケッチ2 ― 2014/07/07 11:15
ロンドン市内スケッチのその2
Ruislip駅
メトロポリタン線ゾーン6
Ruislip駅
メトロポリタン線ゾーン6
列車も左側通行
ロンドン塔
ジュエルハウス
フリージア隊博物館
ヒトラーの首(ムッソリーニの首も並んでいる)
ロンドン塔のカラス
バッキンガム宮殿
ヴィクトリア女王記念塔
ザ・マル
マンション
大英博物館
ギリシャ・ローマ
アッシリア
人面有翼牡牛像 台座の落書き(ゲームのマス目)
イースター島の人造彫刻
(背面)信仰のしるし
死者の書
最後の審判
ネブアミンの壁画
古代エジブトのルネサンス画?
仏坐像(ガンダーラ)
Great Court
Baker Street
221B Baker St.
シヤーロック・ホームズ
イギリスは日本と同じ左側通行なので初めての街なのになにかなじみを感じる
イギリス ロンドン (2014年4月26日~27日)
イギリス小紀行⑩巡洋艦ベルファスト ― 2014/07/08 23:45
イギリス小紀行⑪さよならメアリー ― 2014/07/19 21:33
文通が盛んな中学生時代
雑誌で紹介されていたなかから
イギリスの少女メアリーを選んで手紙を出した
でもいくら待っても返事は来ませんでした
返事が来なかったことが 西洋へのこだわりのひとつとして
心の深いところに沈みました
メアリーはどんな少女であったのか
そして西洋のイギリスとはどんなところなのか
その後度々そんな思いが心の底から泡となって浮上しました
メアリーは牧場地が広がるイングランドの田舎で暮らした
4月には一面菜の花が咲いたであろう
雑誌で紹介されていたなかから
イギリスの少女メアリーを選んで手紙を出した
でもいくら待っても返事は来ませんでした
返事が来なかったことが 西洋へのこだわりのひとつとして
心の深いところに沈みました
メアリーはどんな少女であったのか
そして西洋のイギリスとはどんなところなのか
その後度々そんな思いが心の底から泡となって浮上しました
メアリーは牧場地が広がるイングランドの田舎で暮らした
4月には一面菜の花が咲いたであろう
そんな田舎のメアリーの家はこのようであったに違いない
きっと窓辺には花が育てられていたと想像できます
メアリーが健在であれば70歳に届く頃だ
もうすっかりおばあちゃんになっているだろうな
街かどでこんなさびしいランチをとってはいないだろうな
ロンドンの街をどんなに歩いていても
想像だけのメアリーに出合うことはない
しかしこの国に来てこの街を歩き沈殿していた泡の素が消え去った
づっと灯し続けていた炎が燃やし終えたような清々しさ
さよならメアリー
夕暮れ テームズに霧闇が訪れた
さよなら ロンドン
同じ島国であるがこの国は何事も排他的で純度を高める方向に収束する日本とは異なる
異質なものを受容し混沌のるつぼの中から力を生むしくみが備わっている
その混沌の働きが強さの源でありもろさの源でもある
イギリス (2014年4月)
イギリス小紀行 完
てくてく乗鞍・剣ヶ峰3026メートル ― 2014/07/26 13:16
乗鞍高原牛留池より眺望した乗鞍岳
国内で初めて3000メートルを超える頂きに挑む
7時20分 畳平 出発
一面霧が立ち込め登山道が確認できないがバスターミナルの横の歩道を下った
霧の歩道を進むと両脇に花が咲いていたので写真を撮りながら進む
ハクサンイチゲ
コイワカガミ
コマクサ
イワツメクサ
眼下に肩の小屋口バス停と大雪渓が見える
8時00分 肩の小屋
ここでいっぷくしてガレバ急登に挑戦
だいぶ登って振り返えると北アルプスの峰々が
槍 西穂高 奥穂高 前穂高が雲上に浮かんだ
権現池は湖面のブルーが鮮やかだ
9時00分 蚕玉岳2980メートル登頂
繭玉のような形をしているから「こだま」と名付けたのかな?
剣ヶ峰山頂までもう一歩
9時15分 剣ヶ峰山頂3026メートル到着
3000メートル超登頂 万歳
誕生日を迎えた女房と握手
遠くの頂きは御岳山
(雲多く視界不良)
9時30分 剣ヶ峰山頂下山開始
頂上小屋や蚕玉岳が眼下だ
9時50分 蚕玉岳を下る
10時45分 肩の小屋(20分休憩)
中学生の登山隊が帯状になってにぎやかに登って行くのを眺める
不動明王が空を睨む
11時50分 お花畑(30分散策)
ハクサンイチゲが咲き乱れクロユリが咲き始めていた
ミヤマキンバイ
クロユリ
12時45分 畳平 到着
出発時の霧は晴れていた
霧の中お花畑脇のこの道を登って行ったのだ
今回は女房の誕生日にあわせて山行きを計画しました
梅雨があけるか天気が心配でしたがまあまあの天気に恵まれまれラッキーでした
早朝の霧も山頂アタック時には晴れてなんとか眺望も楽しめました
この次はふるさとの三壁山や日光白根などを検討しています
老体に合わせゆっくり登る無理しないをもっとうに
今後もミニ山行きを楽しもうと思います
長野県・岐阜県 乗鞍岳 (2014年7月22日)


























































































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