パンダゼロの日本に ― 2026/01/30 15:15
2026年NYP参加局長さん交信ありがとう ― 2026/01/23 16:46
交信局長さんへ

TNX FB NYP QSO de JA1PQI
ホームページの更新を再開しました。 ― 2025/12/16 18:06
ホームページ維持管理の環境が整い12月号より交信を再開しました。
ホームページ更新の停止 ― 2025/11/29 09:31
ホームページ更新のためのPCがトラブル
しばらく更新ができません
2025年11月29日 Migi-tang
中之条町六合のくにっこちゃん ― 2025/11/26 16:58
NAKANOJO BIENNALE 2025 ― 2025/10/04 16:23
10回目を迎えた中之条ビエンナー2025(2025.9.13--10.13)
今回のテーマはMOUNTAIN OF LIGHT「光りの山」です。
私は➎トラヤ➏博物館ミュゼ、➑近藤公園ユビキリテラス、➒旧廣盛酒造、➓上之町商店街、⓬道の駅霊山たけやま、⓱イサマムラ、⓲伊参スタジオと8会場を廻り作品を撮影しました。その一部の写真をここに紹介します。
➎トラヤ
12山で部活を追いかけて
➏博物館ミュゼ
10なかんじょけんちん汁
➑近藤公園ゆびきりテラス
12無の光
➒旧廣盛酒造
14flow
16時空を超えて
18光の存在
21山のさかさまは空、空はひかりの穴
22戦い
➓上之町商店街
25定め、あるいは距離
⓬道の駅「霊山たけやま」
29たけやまてんぐの弦楽器
30For peace 巡るもの 2025
⓱イサマムラ
45歯車のオルゴール
56風が見えるなら
59漂う糸と地形
64ふれるほとけ展
⓲伊参スタジオ
66Infinity Forest
67Earth Book
73震える意識/未生の波動
999イサマムラにて「閉館した町営ゆずりは荘を偲んで」(自作追加作品)
令和7年9月27日撮影
作品に対するコメントは差し控えました。作者名及び作者のコメントは「中之条ビエンナーレ2025公式ガイドブック」をご覧ください。
THE 10 TH INTERNATIONAL CONTEMPORARY ART FESTIVAL IN NAKANOJO
群馬県吾妻郡中之条町
5月~9月朝の散歩道 ― 2025/09/29 15:44
5月~9月朝散歩によるスナップをまとめてみました。
(5月)
田植えの準備が始まった田んぼに鴨が姿を見せ

田植えが済んだ田んぼもありました

(7月)
稲の成長は私に生きる力を与えてくれました
朝日を受けて葉先の朝露ネックレスは煌めきます
(9月)
9月に入ると黄金色に色を変えます
秋分の日を過ぎると
刈り入れ間近です
26日刈り入れが始まりました
そして昔ながらの稲架掛け(はさがけ)をする農家もありました
昔は一面に稲架掛けの景色が広がっていましたネ
お米を美味しく食べたいですネ
田んぼの風景をまとめてみました
令和7年9月29日
群馬県 吾妻郡 中之条町
7月の散歩道 ― 2025/08/11 11:22
自宅の北側の小道
私は子猫の散歩道と名付けました。
ここが朝5時過ぎに散歩を開始する出発点です。散歩道は田んぼ道と点在する住宅地をぬって廻る30分程のコースです。
(5月)
田植えの準備が始まった田んぼに鴨が姿を見せ

田植えが済んだ田んぼもありました。

(7月)
7月になると稲は立派に成長し毎朝私に生きる力を与えてくれます。葉先の朝露のネックレスは朝日を受けて輝きます。
ここから散歩途中に楽しませてくれた花々を花名抜きで紹介します。








アレ!水不足? 田の水が切れている

水路には水が滔々と流れているのに不思議だ

後である人に尋ねると、これは稲の根を強くするため一時水をきるとのことでした。
「土用干し」というそうです。梅干しも土用干しといったなと連想しました。
7月の終わりになると稲も穂をつけ始めました。
8月に入っても相変わらず朝の散歩で自然からパワーを戴いております。
令和7年5月、7月撮影
吾妻郡 中之条町
小栗上野介忠順終焉の地を訪ねる ― 2025/07/31 13:48
小栗上野介忠順の禄高は2700石で権田村(375石)は領地のひとつである。
何故隠棲の地として9か所ある領地の内から権田村を選んだのか疑問に思うが、ここが終焉の地となったのは間違いない。
小栗上野介忠順は万延元年日米通商条約批准書交換のため目付け役として渡米した。この写真はワシントン海軍造船所で撮影されたもので忠順は前列右二番目である。
(権田村へ隠棲)
帰国後、外国奉行、陸軍奉行、勘定奉行などの要職につき、横須賀製鉄所の創設など幕政の近代化に尽くしたが、幕府の解散とともに勘定奉行を罷免され、慶応4年3月1日権田村の東福寺を仮住居として隠棲した。
(邸宅の建設)
権田観音山に用水を引き、宅地の造成を行い邸宅の建設にかかり、50日余りで主屋一棟を完成をみたが、東福寺より移り住むことはできなかった

建物の痕跡として礎石が残されている
(忠順終焉の地水沼川原)
慶応4年閏4月6日烏川の水沼川原(水沼村)で斬首された。
(権田村東禅寺)
小栗上野介忠順忠順の墓と胸像
令和7年7月20日撮影
忠順の功績を深堀することで明治の近代化の足取りを別の角度から検証してみたい。
穴地獄 ― 2025/06/28 11:46
中之条町六合地区の西端にチャツボミゴケ公園がある。その地は過って群馬鉄山の露天掘りの地であり穴地獄と呼ばれている。
国内最大規模のチャツボミゴケの生息地は穴地獄から湧き出る強酸性の鉱泉により育まれている。
チャツボミゴケの群生とともに注目に値するものとしてバイオミネラリゼーションによる鉄沈殿による鉄鉱床生成の一部を見ることができることである。
さらに繁殖池周辺では絶滅危惧種に指定されているモリアオガエルとクロサンショウウオの生息がみられることです。
6月の中旬頃からモリアオガエルの産卵行動が見られという
池の木立に蝉とカゲロウの姿を発見することができた。蝉はエゾハルゼミのメスであると講師のN氏が解説してくれた。
令和7年5月29日 撮影
私は昭和38年~40年長野原線を利用して中之条から高崎の高校まで通学しました。群馬鉄山の鉄鉱石の輸送を担った太子駅へ列車を乗り越して行くことはありませでした。昭和19年の創業開始から昭和40年の廃坑まで約300万トンの鉄鉱石を産出し戦後の日本の復興と地元六合村の発展に大きく貢献しました。昭和46年太子線は廃線となり今は旧太子駅として当時の施設が復原されている。












































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